連載:日本国の紀元を探ろう その13
日本国の紀元を探ろう(13)神倭伊波礼毘古命の東征
ここからは『古事記』中巻になり、神武天皇についての記述が始まります。
神倭伊波礼毘古命は、その同母兄である五瀬命と共に、高千穂の宮の坐ます時ご相談され、「何処に坐(いま)すれば平らかに国の政治(まつりごと)が行なえるのだろうか?東に行こうではないか」と、また塩土(しおつち)老(のお)翁(じ)(住吉大神)の御導きをいただいて東に向かいました。
高千穂の宮→筑紫→豊国の宇沙→竺紫の岡田の宮→阿岐国の多祁理宮→吉備の高島宮→浪速→紀の国→熊野→吉野河の河尻→宇陀→忍坂の大宮→と云う経路を取られたと書かれています。
浪速(なにわ)で五瀬命を亡くしますが、八咫(やた)烏(からす)に導かれて、荒ぶる神どもをコトバをもって説得して平定し、反抗する人どもを退治して追放し、畝(うね)火(び)の白檮(かし)原宮(はらのみや)に至りまして国を治めることになりました。
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